「彼女は頭が悪いから」は2018年に発表された、姫野カオルコさんの社会派小説です。
2016年に起きた東京大学学生による集団強制わいせつ・暴行事件に着想を得た作品で、当時の報道や公判記録などが利用されてはいるものの、すべて作者の創作として書かれています。

カバーイラストと共に、惹きつけられるタイトルですよね。
とにかく一気読みでした。
あらすじ
家族仲も良い、普通の家庭で育った女子大生である主人公・美咲が、一般的な意味でハイスペックな家庭で育った東大生たちと出会い、やがて事件に巻き込まれる。
事件の根底に潜むのは、東大生たちの「勝ち組は何をしても許される」という特権意識や、偏差値で「頭の良さ」や「人間の優劣」を測る思想。
また、被害者の女子大生が持つ「どうせ私だから」という、劣等感によく似た彼女なりの自己防衛の思考。
それらが混じり合うことで、ある事件が起きる。
被害者である美咲はその事件で深く傷つくが、加害者たちが東大生だったため、世間から「勘違い女」と批判されるという二次被害を受け打ちのめされる。
「被害者の女、勘違いしてたことを反省する機会を与えてもらったと思うべき」
「勘違い女に鉄拳を喰らわしてくれてありがとう」
「合意の上だったのでは」
「男子学生が可哀想」
物語は、美咲が中学生の頃から加害者の逮捕・判決までのストーリーが、美咲とつばさ(加害者の一人)の日常をベースに、客観的な視点で淡々と語られる。
実際の事件 判決は?
実際に起きた事件に着想を得たフィクション作品ですが、そのモデルとなった事件は、2016年5月10日に東京大学の5人によって起こされた強制わいせつ・暴行事件です。
東京大学工学部の学部・大学院に通う22〜23歳の学生によって設立されたサークルは、表向きは学生交流の名目でしたが、実際には女性に酒を飲ませ、わいせつ行為をする目的で作られたサークルでした。
この事件では現場にいた5人の学生が逮捕され、そのうち示談が成立したとされる2人は不起訴となったが、残る3人は起訴され、2016年の秋に有罪判決を受けています。
有名な大学の在校生が起こしたことと、加害者の学生が逮捕された直後から、被害者の女性への中傷がインターネット上にあふれたことから、社会的に注目を集めました。
詳しく知りたい方は、Wikipediaに全貌が記載されていますよ。
感想:「驚きと恐怖と絶望」
純粋な悪意に驚き
驚いたのは、加害者たちやその家族が、「呼吸をすることと同じくらい無自覚に」特権意識を持ち、「頭の良さ」を偏差値で測り、他者を見下していること。
行動や思想は、いうまでもなく最低最悪クズ野郎なんですけど、主犯格であるつばさをはじめ、自身に満ち溢れた彼らからは、そのクズ思想に対して一点の曇りも感じられないんですよね。
そんな彼らの日常が、言葉使いや立ち回り、家族や周囲との関わりを通じて、ごく自然に描かれています。
こんなに「純粋な悪意」を言葉で表すことができるなんて、改めて、姫野カオルコさんすごすぎます。
人間が持つ引け目や挫折、そういったものたちに対処することで生まれる人格の陰影が、加害者の東大生らにはない。
むしろ彼らにとってそんなものはロースペックであることの証でしかないことについて、以下のような一文がありました。
星座研究会のメンバーはサラブレッドだ。
幼少のころからブリンカー(競走馬用目隠し)をつけて、ゴール(=東大)に向かって真っ直ぐにインしたので、心はすべすべできらきらだ。
引用「彼女は頭が悪いから」本文より
私は、加害者たちを純粋であるように扱うこの表現に、姫野さんの絶望を感じました。
悪いと思っていないって、もうどうしようもない。
犯人の一人が逮捕された時、ポカンとしていた、といった描写があるのですが、本当にその通りだったのではないかと思います。
自然に、何の疑いもなくまっさらな心で
自分が間違っているなどとは1ミリも疑うことなく
自分より偏差値の低い者を下等とみなし、蔑んで良い対象とする。
誰しもの心に潜む、「自分は他者より優れている」と思いたい優越思想。
それとの関わり方や、コントロール方法を学ぶ機会を与えてもらえなかった哀れな子ども。
こういうことがあるのか、という感じの驚きでした。
何に恐怖と絶望を感じたか
いじめの加害者の多くが語る「そんなつもりはなかった」「楽しんでいるように見えた」
これまで、それは言い逃れだとばかり思って憤りを感じていましたが、そうではなく、この事件の加害者たちのように、本心の場合もあるかもしれない、ということが恐ろしいと思いました。
すべすべきらきらの心だから、相手の痛みがわからない奴。
彼らは事件後も、判決を理不尽と感じ、心のうちでは一切反省しておらず、「訴えたクソ女のせいだ、自分は悪いことはしていない」と思っています。
そして、親の金で大学や名前を変え、のうのうと生きます。
もう、どうすれば良いの?
絶望です。
そんな中にも、つばさ(主犯格)の兄や、美咲(被害者)の大学の先生、美咲の初恋相手など、人の痛みの分かる希望的人物も登場するので、それが救いでした。
特におすすめなのは、育児中の人
特に子育て中の方に、ぜひ読んでもらいたい!
物語としてとてもおもしろいので、おそらく一気読みすると思いますよ。
「彼女は頭が悪いから」は、偏差値による特権意識(本書の場合は日本最難関の東大の学生であること)がメインのテーマではあるものの、子どもの日常に潜むいじめ、学力の差による優越思想につながる内容だと思うからです。
嫉妬、劣等感、格差、優越感、差別意識
子どもには、誰しもが抱える身近な感情とのつき合い方を身につけて欲しいと思いました。
1983年生まれの私でも、振り回されっぱなしではありますが。
ではまた。

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